2018年9月11日火曜日

上田市医師会救急の日の講演会で講師をさせていただきました。

先週9月7日、上田市医師会主催の救急の日に行われた講演会に講師としてお招きいただき、「救急で遭遇する大動脈疾患」のタイトルで1時間の講演をさせていただきました。
平成9年に当時の国立長野病院に赴任時、救急部副部長として上田広域の救急隊の方々と活動をさせていただきましたが、その頃の懐かしい方々もたくさんきていただきました。

さて、突然発症し、発症と同時に極めて命の危険が高くなる大動脈の病気を最近は「急性大動脈症候群」と呼んでいます。大動脈の壁がはがれてしまう急性大動脈解離、徐々に拡大した大動脈瘤が破裂してしまう「大動脈瘤破裂」などが含まれています。
 急性大動脈解離や胸部大動脈瘤の破裂では突然、これまで経験したことのないような胸や背中の激痛を生じ、時には意識を失ってしまうことで発症します。激しい胸痛は、心筋梗塞の場合と同様ですが、痛みが背中からおなかのほうに移動したり、足の強い痛いを合併する場合などには急性大動脈解離が強く疑われます。おなかの大動脈瘤の破裂ではお腹や腰の強い痛みが症状となります。
 発症から早期に命の危険をきたすことが多く、まさしく救急対応がとても大切な病気です。初期の判断の大切さを参加者の方々と共有しました。

2018年9月5日水曜日

スタッフインタビュー vol1. 看護師・青木麻美 「看護師になりたいと思ったことはなかった」


クリニックにお越しいただく皆さんと、スタッフ一同、普段、コミュニケーションをとる機会はありますが、私たちのライフヒストリーについてお話することは滅多にありません。スタッフ同士でも、意外と知らないこともあります(笑)。

皆さんに、より安心して、クリニックにお越しいただき、お話いただけるよう、スタッフのインタビュー記事を連載してまいります。第1弾は、看護師の青木麻美です。




Q:看護師になろうと思ったきっかけは何ですか?

 実は看護師になりたいと思ったことは1ミリもないんです(笑)。父親から「女は手に職をつけろ」と言われていて…。ちょうど私が高校を卒業する時は就職氷河期だったので、女性でも地方でも自立してできる仕事を考えた結果、選んだのが看護師でした。「食いっぱぐれないかな」みたいな不純な動機で進んだ道だったので、看護学部に入ってから、やめたくて仕方ない時期もありました。都会の大学に進学した友人たちがキラキラして見えて、自分だけ置いてきぼりになっている感じがしてしまったんです。専門学校をやめて、都会の大学を受け直そうかと本気で考えていました。

 でも、実習で患者さんと接するなかで、自分はもしかしたら看護師が向いているかもしれない、楽しいかもしれないと思えたんです。人の話を聞くのが嫌いじゃないし、多様な人の人生に触れることができて、そこから教わることも沢山あったので。だからもうちょっと頑張ってみようと思いました。

Q:看護師さんも何科に進むかは自分で決めるんですか?

 そうですね、学生の時の実習でいろんな科を回ります。私はそのなかでも外科が良かったんです。内科は癌など、どんどん元気が無くなっていく疾患も少なくありません。一方、外科は、患者さんが回復していく姿を見れる機会が多くて、「退院できてよかった」と一緒に喜べるのがいいなと思いました。それで佐久総合病院(現:佐久医療センター)の外科に就職して、計67年勤めました。

Q:長年勤めた佐久総合病院を辞めて、今回、佐久心臓血圧クリニックに移ることを決めたのはなぜですか?

 院長から声をかけてもらったのですが、これまでと変わらない安定的なものを求めるのか、新しいことに挑戦していくのか、やはり悩みましたね。でも院長も60歳で開業したわけじゃないですか。自分のことを振り返ってみたら、これまで、新しいことに人生をかけるような挑戦をしたことがなかったなと思って…。幸い、家族も応援してくれたので、じゃあチャレンジしてみよう、と踏み出すことができました。

Q:実際にクリニックで働いてみて、大きな病院に勤めていた頃との違いはありますか?

 大病院だと、入院して治療して回復したら、それで「さようなら」をして、もうお会いする機会がなくなります。でも、クリニックでは、もっと継続的に、患者さんと長いお付き合いをできるところが、一番大きな違いだと思います。

 あと、病院の場合は基本的に、病気になった後の患者さんがいらっしゃいますが、ここでは、病気になるより前の“予防”にも関われる点も特徴だと思います。今年、院長に勧められて、師長と一緒に「高血圧・循環器病予防療養指導士」という資格を取得したのですが、これも高血圧や動脈硬化など、慢性的な疾患に対する生活習慣改善のアドバイスを、より手厚くできるようクリニックとして目指しているためです。



Q:この先も、看護師として挑戦してみたいと思うことや、目指していることはありますか?

 患者さんお一人お一人が持っている力を、最大限に引き出せるような関わり方をもっと身につけたいですね。やはり私たち医療従事者が押し付けて伝えるだけではだめで、患者さんご自身が意識や生活習慣を変容させて、ご自分の病気をコントロールできるようにすることが大切だと思っているからです。そのためのコミュニケーション方法や、適切な知識をもっと学びたいです。また、高血圧や循環器系のことだけでなく、糖尿病など他の慢性的な疾患に関する知識ももっと増やしていきたいと思っています。

Q:看護師になってよかったと感じるのはどんな時ですか?

 やはり患者さんがよくなることが自分のモチベーションに繋がりますね。「このクリニックに来てよかった」と言ってもらえた時や、患者さんの身体状況が当初より改善されると、本当に嬉しいですね。

 患者さんの多くは地元の方なので、皆さんに健康になってもらえれば、自分がこれまで過ごしてきた地元への恩返しにもなるのではないかなと思っています。

Q:一般的な職業より生死を身近に感じやすいお仕事かと思いますが、看護師の仕事がご自身の生き方に影響を与えたところはありますか?

 そうですね。常にについて考えたり感じたりするようになりました。明日生きている可能性は100%じゃないって。死生観について家族で話すことも多いです。お葬式をどうするか、とかも今から話しています(笑)。患者さんとも、またお会いできる100%の保証はないので、毎回、自分のその時のベストを出したいと思いますね。


Q:普段はなかなか伝えられていない、患者さんたちへのメッセージはありますか?

 ときどき、口うるさく言い過ぎちゃったかな、と思う時があるんです。押し付けがましく言ってしまって、「またあの人あんなこと言っている」って煙たがられているんじゃないかなって…。愛情ゆえではありますが、一方的すぎて、患者さんの気持ちを考えないで言ってしまったかなと。実は内心びくびくしています、とお伝えしておきたいですね。


Q 今年で看護師になって10年目とのことですが、10年前の看護師になったばかりの自分に一言伝えるとしたら…?

 10年前は自分のことでいっぱいいっぱいで、仕事を楽しむ余裕がありませんでした。先輩の指導も、今思えば当たり前のことを言われていたのですが、当時はつらくて、辞めたいと思った時期もありました。

 でも、年を重ねるなかで、人間的に成長できる部分もありますし、結婚や出産など自分の人生経験も増えていくと、患者さんのお話や気持ちにも、もっと寄り添えるようになっていくと感じています。だから、10年前の自分には、「辞めないで、がんばれ」って伝えたいです。



〜番外編〜


Q:もともと生まれ育ちも佐久ですか?

 そうです。中学も高校も専門学校も佐久で、佐久から出たことがありません。佐久が特別好きだったわけではないのですが、都会に遊びに行っても、自分は住める気がしなくて、地元のほうがやはり安心感があっていいですね。都会と違って何もないですが、それがいいって今は思います。

Q:子供の時はどんな子でしたか?

 気が強かったと思います。弟が二人いるのですが、弟たちはおっとりしたタイプで、私が強いお姉ちゃんという感じ。あとは、八方美人なところがありますね。あまり自分のことを押し通さないというか、どこに対してもいい顔をしてしまう。今もそういうところがありますが、前に比べれば自分の意見をちゃんと持ったり、それを外に出せるようになった感じはします。

Q:お休みの日はどんな風に過ごされますか?

 掃除と洗濯をします(笑)。好きでやっているわけではないですよ。あ、でも洗濯は好きですね。夏場の休みの日は、シーツやら何やら片っ端から洗うので、5回くらい洗濯機を回します(笑)。逆に、洗濯物がちょっとでも溜まってくるとストレスですね。

Q:健康に関して普段気をつけていることはありますか?

 なるべく運動するように心がけています。夏の間はさぼりがちですが、なるべくウォーキングやスクワットなどをしています。塩分をはじめ、食事も結構気をつけるようになりましたね。野菜もドレッシングをかけずにそのまま食べたり、全体的に調味料をなるべく使わないようにしています。
 普段、患者さんに指導しているので、自分も実践していないと言いづらいじゃないですか(笑)。特にクリニックでは、前以上に患者さんとの距離感が近いので、一層気にかけるようになりましたね。患者さんとのコミュニケーションが私の健康を守ってくれているかもしれません。

Interview & Text & Photo / Ai.A