2018年9月12日水曜日

スタッフインタビュー vol2. 事務長・増野麻美 「何でも相談して、気軽に来てもらえる場所でありたい」


クリニックにお越しいただく皆さんと、スタッフ一同、普段、コミュニケーションをとる機会はありますが、私たちのライフヒストリーについてお話することは滅多にありません。スタッフ同士でも、意外と知らないこともあります(笑)。
皆さんに、より安心して、クリニックにお越しいただき、お話いただけるよう、スタッフのインタビュー記事を連載してまいります。2弾は、事務長の増野麻美です。



Q:増野さんはもともと、医療職ではなかったんですよね?

 そうなんです。大学を卒業してから埼玉で5年間、幼稚園教諭をしていました。そのあと1年間オーストラリアにワーキングホリデーに行って、一時帰国してから、少しの間、アジアを旅行しました。そのとき訪れたカンボジアで日本とは全く違う世界に触れて、考え方が少し変わったんです。日本に戻って再就職を考えたときに、もっと社会貢献や人の役に立つ仕事をしたいという意識が強くありました。
 そのときに思い浮かんできたのが看護師でした。もともと母が看護師をしていて、大学に進学する際、幼稚園教諭になるか看護師になるかとても迷ったんです。なので、もう一度学校に入って看護師の免許を取ることも考えましたが、時間も費用もかかってしまいます。それで、とりあえず地元で一番大きい佐久総合病院に求人の問い合わせをしました。そのタイミングでは事務職の募集はなかったのですが、履歴書を送っておいたら、2週間経たないうちに連絡が来たんです。「ドクターズアシスタント」を募集し始めたけど、どうですかと。

Q:ドクターズアシスタントって何ですか?

 正式名称は、医師事務作業補助者と言います。医師が行っている仕事のなかで、「医師でなければできない仕事」も、もちろんありますが、例えば診断書を書くとか、他院への紹介状や返書等の文書作成の補助や、電子カルテの入力を代行するとか、医師じゃなくてもできる事務的なことって、実は結構あるんです。そうした部分を、医師の指示の下で代わりに行うことによって、事務的な業務の負担を軽減するのがドクターズアシスタントの仕事です。その他には、患者さんと先生の間や、看護師と先生の間に入って、いろいろ伝達したり調整したり、いわばドクターの秘書みたいな仕事ですね。実は、私も就職するまでは、全く知らなかった職種でした。
 ちなみに、学生時代に職業の適正テストみたいなものを受けたとき、私に適した職業の1位は「秘書」だったんです。なので、今思うときっとこの仕事は私に向いていたんだと思います。
 医療知識がないゼロからの状態で佐久総合病院に入って、大変でしたがやりがいも大きくて、気づけば竹村院長のいた心臓血管外科について6年ほどが経っていました。

Q:幼稚園の先生とはまったく違う世界ですよね。いろいろ大変そうですが、くじけそうになることはなかったんですか?

 当初配属になった外科では、癌の患者さんなどと接することも多くて、「死」と向き合わなければいけないのがつらかったですね。子どもはすごく「生」の存在で、生きる活力に溢れていたので、ギャップが大きかったです。
 あとはプレッシャーもずっとありました。オペに関わる業務もしていたので、責任も重かったですし、佐久医療センターに移ってからは、心臓血管外科には私一人しかドクターズアシスタントがいなかったので、体調を崩しても代わりがいないというプレッシャーをいつも感じていました。
 でも少しでも私がそうして先生たちの代わりに仕事をすることで、先生たちがより効率よく仕事ができて、違うことに時間を使えたり、患者さんのためにもなることを考えると、やりがいを感じられましたね。


Q:クリニックに来てから感じている違いはありますか?

 やはりクリニックのほうが患者さんとの距離がより近いと思います。家族の悩みを打ち明けてくださる方もいらっしゃいますし、家庭環境や家族構成まで把握して、「最近こういう状況のはずだから、こういうところは大変なんじゃないか」といった、より細かな対応ができるよう心がけています。患者さんお一人お一人にちゃんと目を向けていきたいですね。「受診じゃなくても、お話だけでも、いらっしゃってくださいね」とよくお伝えしています。

Q:これから挑戦したいことはありますか?

 今はとにかく、クリニックで自分ができることを頑張ることですね。ゼロからのスタートで去年開業して、だいぶ落ち着きましたが、患者さんも増えてきてスタッフも多くないので、ひとりひとり頑張らないといけないと思います。私もまだまだ足りない知識があるので、もっと身につけていきたいです。

Q:普段は伝えられていない患者さんへのメッセージはありますか?

 ドクターには言いづらいことってあると思うんです。例えば飲み忘れて薬が余っているとか、よく言われることがありますし、どこか痛かったり調子が悪くても、何科にかかったらいいか分からないという話もよく耳にします。ドクターには言い出しにくかったり、遠慮して聞けないようなことを、話してもらえたらうれしいなと思います。
 クリニックとか病院だと思わずに、困ったことがあれば何でも相談して、気軽に来てもらえる場所でありたいです。それこそが本当の意味で「かかりつけ」になるんじゃないかと思っています。

  
〜番外編〜

Q:健康について、ご自身で気をつけていることはありますか?

 私はもともと健康志向で、体にいいって聞くとすぐ試したくなるんですよね。スムージーとか酵素とかもはまりましたし、バランスボールとか健康器具もいろいろ買いましたが、どれも続かないんです(笑)。
 でも、患者さんに歩いたほうがいいですよとか、運動したほうがいいですよって言っているから、私も人に言うだけじゃなくてやったほうがいいなと思って。ジャザサイズというものに今年の頭から通い始めました。それは今も続けられています!
 ジャザサイズは、リズミカルな音楽にあわせて踊りながら体を鍛えるフィットネスです。楽しい、というのもあるのですが、まわりの通っている方たちが60歳とか70歳とか、私より年上の方が多くて、私も頑張らなくちゃと奮い立たされます。それがきっと続けられている一番の理由ですね。ただ最近、筋肉がつきすぎちゃって…、これ以上ムキムキになったら困るなと思っています(笑)。

2018年9月11日火曜日

上田市医師会救急の日の講演会で講師をさせていただきました。

先週9月7日、上田市医師会主催の救急の日に行われた講演会に講師としてお招きいただき、「救急で遭遇する大動脈疾患」のタイトルで1時間の講演をさせていただきました。
平成9年に当時の国立長野病院に赴任時、救急部副部長として上田広域の救急隊の方々と活動をさせていただきましたが、その頃の懐かしい方々もたくさんきていただきました。

さて、突然発症し、発症と同時に極めて命の危険が高くなる大動脈の病気を最近は「急性大動脈症候群」と呼んでいます。大動脈の壁がはがれてしまう急性大動脈解離、徐々に拡大した大動脈瘤が破裂してしまう「大動脈瘤破裂」などが含まれています。
 急性大動脈解離や胸部大動脈瘤の破裂では突然、これまで経験したことのないような胸や背中の激痛を生じ、時には意識を失ってしまうことで発症します。激しい胸痛は、心筋梗塞の場合と同様ですが、痛みが背中からおなかのほうに移動したり、足の強い痛いを合併する場合などには急性大動脈解離が強く疑われます。おなかの大動脈瘤の破裂ではお腹や腰の強い痛みが症状となります。
 発症から早期に命の危険をきたすことが多く、まさしく救急対応がとても大切な病気です。初期の判断の大切さを参加者の方々と共有しました。

2018年9月5日水曜日

スタッフインタビュー vol1. 看護師・青木麻美 「看護師になりたいと思ったことはなかった」


クリニックにお越しいただく皆さんと、スタッフ一同、普段、コミュニケーションをとる機会はありますが、私たちのライフヒストリーについてお話することは滅多にありません。スタッフ同士でも、意外と知らないこともあります(笑)。

皆さんに、より安心して、クリニックにお越しいただき、お話いただけるよう、スタッフのインタビュー記事を連載してまいります。第1弾は、看護師の青木麻美です。




Q:看護師になろうと思ったきっかけは何ですか?

 実は看護師になりたいと思ったことは1ミリもないんです(笑)。父親から「女は手に職をつけろ」と言われていて…。ちょうど私が高校を卒業する時は就職氷河期だったので、女性でも地方でも自立してできる仕事を考えた結果、選んだのが看護師でした。「食いっぱぐれないかな」みたいな不純な動機で進んだ道だったので、看護学部に入ってから、やめたくて仕方ない時期もありました。都会の大学に進学した友人たちがキラキラして見えて、自分だけ置いてきぼりになっている感じがしてしまったんです。専門学校をやめて、都会の大学を受け直そうかと本気で考えていました。

 でも、実習で患者さんと接するなかで、自分はもしかしたら看護師が向いているかもしれない、楽しいかもしれないと思えたんです。人の話を聞くのが嫌いじゃないし、多様な人の人生に触れることができて、そこから教わることも沢山あったので。だからもうちょっと頑張ってみようと思いました。

Q:看護師さんも何科に進むかは自分で決めるんですか?

 そうですね、学生の時の実習でいろんな科を回ります。私はそのなかでも外科が良かったんです。内科は癌など、どんどん元気が無くなっていく疾患も少なくありません。一方、外科は、患者さんが回復していく姿を見れる機会が多くて、「退院できてよかった」と一緒に喜べるのがいいなと思いました。それで佐久総合病院(現:佐久医療センター)の外科に就職して、計67年勤めました。

Q:長年勤めた佐久総合病院を辞めて、今回、佐久心臓血圧クリニックに移ることを決めたのはなぜですか?

 院長から声をかけてもらったのですが、これまでと変わらない安定的なものを求めるのか、新しいことに挑戦していくのか、やはり悩みましたね。でも院長も60歳で開業したわけじゃないですか。自分のことを振り返ってみたら、これまで、新しいことに人生をかけるような挑戦をしたことがなかったなと思って…。幸い、家族も応援してくれたので、じゃあチャレンジしてみよう、と踏み出すことができました。

Q:実際にクリニックで働いてみて、大きな病院に勤めていた頃との違いはありますか?

 大病院だと、入院して治療して回復したら、それで「さようなら」をして、もうお会いする機会がなくなります。でも、クリニックでは、もっと継続的に、患者さんと長いお付き合いをできるところが、一番大きな違いだと思います。

 あと、病院の場合は基本的に、病気になった後の患者さんがいらっしゃいますが、ここでは、病気になるより前の“予防”にも関われる点も特徴だと思います。今年、院長に勧められて、師長と一緒に「高血圧・循環器病予防療養指導士」という資格を取得したのですが、これも高血圧や動脈硬化など、慢性的な疾患に対する生活習慣改善のアドバイスを、より手厚くできるようクリニックとして目指しているためです。



Q:この先も、看護師として挑戦してみたいと思うことや、目指していることはありますか?

 患者さんお一人お一人が持っている力を、最大限に引き出せるような関わり方をもっと身につけたいですね。やはり私たち医療従事者が押し付けて伝えるだけではだめで、患者さんご自身が意識や生活習慣を変容させて、ご自分の病気をコントロールできるようにすることが大切だと思っているからです。そのためのコミュニケーション方法や、適切な知識をもっと学びたいです。また、高血圧や循環器系のことだけでなく、糖尿病など他の慢性的な疾患に関する知識ももっと増やしていきたいと思っています。

Q:看護師になってよかったと感じるのはどんな時ですか?

 やはり患者さんがよくなることが自分のモチベーションに繋がりますね。「このクリニックに来てよかった」と言ってもらえた時や、患者さんの身体状況が当初より改善されると、本当に嬉しいですね。

 患者さんの多くは地元の方なので、皆さんに健康になってもらえれば、自分がこれまで過ごしてきた地元への恩返しにもなるのではないかなと思っています。

Q:一般的な職業より生死を身近に感じやすいお仕事かと思いますが、看護師の仕事がご自身の生き方に影響を与えたところはありますか?

 そうですね。常にについて考えたり感じたりするようになりました。明日生きている可能性は100%じゃないって。死生観について家族で話すことも多いです。お葬式をどうするか、とかも今から話しています(笑)。患者さんとも、またお会いできる100%の保証はないので、毎回、自分のその時のベストを出したいと思いますね。


Q:普段はなかなか伝えられていない、患者さんたちへのメッセージはありますか?

 ときどき、口うるさく言い過ぎちゃったかな、と思う時があるんです。押し付けがましく言ってしまって、「またあの人あんなこと言っている」って煙たがられているんじゃないかなって…。愛情ゆえではありますが、一方的すぎて、患者さんの気持ちを考えないで言ってしまったかなと。実は内心びくびくしています、とお伝えしておきたいですね。


Q 今年で看護師になって10年目とのことですが、10年前の看護師になったばかりの自分に一言伝えるとしたら…?

 10年前は自分のことでいっぱいいっぱいで、仕事を楽しむ余裕がありませんでした。先輩の指導も、今思えば当たり前のことを言われていたのですが、当時はつらくて、辞めたいと思った時期もありました。

 でも、年を重ねるなかで、人間的に成長できる部分もありますし、結婚や出産など自分の人生経験も増えていくと、患者さんのお話や気持ちにも、もっと寄り添えるようになっていくと感じています。だから、10年前の自分には、「辞めないで、がんばれ」って伝えたいです。



〜番外編〜


Q:もともと生まれ育ちも佐久ですか?

 そうです。中学も高校も専門学校も佐久で、佐久から出たことがありません。佐久が特別好きだったわけではないのですが、都会に遊びに行っても、自分は住める気がしなくて、地元のほうがやはり安心感があっていいですね。都会と違って何もないですが、それがいいって今は思います。

Q:子供の時はどんな子でしたか?

 気が強かったと思います。弟が二人いるのですが、弟たちはおっとりしたタイプで、私が強いお姉ちゃんという感じ。あとは、八方美人なところがありますね。あまり自分のことを押し通さないというか、どこに対してもいい顔をしてしまう。今もそういうところがありますが、前に比べれば自分の意見をちゃんと持ったり、それを外に出せるようになった感じはします。

Q:お休みの日はどんな風に過ごされますか?

 掃除と洗濯をします(笑)。好きでやっているわけではないですよ。あ、でも洗濯は好きですね。夏場の休みの日は、シーツやら何やら片っ端から洗うので、5回くらい洗濯機を回します(笑)。逆に、洗濯物がちょっとでも溜まってくるとストレスですね。

Q:健康に関して普段気をつけていることはありますか?

 なるべく運動するように心がけています。夏の間はさぼりがちですが、なるべくウォーキングやスクワットなどをしています。塩分をはじめ、食事も結構気をつけるようになりましたね。野菜もドレッシングをかけずにそのまま食べたり、全体的に調味料をなるべく使わないようにしています。
 普段、患者さんに指導しているので、自分も実践していないと言いづらいじゃないですか(笑)。特にクリニックでは、前以上に患者さんとの距離感が近いので、一層気にかけるようになりましたね。患者さんとのコミュニケーションが私の健康を守ってくれているかもしれません。

Interview & Text & Photo / Ai.A

2018年8月28日火曜日

越後妻有アートトリエンナーレ

ブログの更新がなかなかできませんでしたが、今回は私の好きな現代美術の話題を。
クリニックには、いくつかの美術作品や美術ポスターを展示していますが、私は、30年近く、現代美術の鑑賞をすることが一番の趣味です。
8月の連休に、越後妻有アートトリエンナーレに行ってきました。妻有は、長野から向かうと、長野県最北端の栄村から入った津南町や十日町一帯を言います。トリエンナーレというのは3年に1回のイベントなのですが、すでに20年近い歴史があり、東京23区(約620km2)より広い760kmの広い里山地域にアート作品が点在しており、ガイドブックを見ながら車で移動です。
 印象に残った作品をいくつかご紹介します。
 現代美術は「難しい」と思われる方もいるかもしれませんが、子供でも楽しむことのできるすてきなアートイベントです。私は、7回とも見に行っていますが、何回いっても里山の景色とともに、新たな発見があり、楽しい夏休みになりました。
 会期は9月17日まで。佐久からは高速道路を飯山インターでおりて、2時間半程度。ぜひお時間のあるかたはチャレンジしてみてください。



妻有里山現代美術館の広い中庭のレアンドロ・エルリッヒの作品。
ある1カ所にたつと、建物が湖に写っているようにみえる作品です。
絵本作家田島征三の絵本と木の実の美術館。
昔の小学校がそのまま美術館に変身しています。
景勝地清津峡の観光トンネルの先端には清津峡の景観を反転して移す「水盤鏡」が。
人が多くて、ゆっくり見ることができませんでしたが、今回の1番人気でした。

無人の駅に設置された、双子の大きな石。
これも美術作品です。